研究ノート(大学教員の徒然)

なかたにじゅんいちの個人ブログです。

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7月31日の誕生日当日にFacebookに投稿した内容をこちらにも転記しておきます。

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40歳になりました。沢山のお祝いありがとうございます。

お礼だけでもあれなので、ちょっと長文ですが、今日の日を迎えての思いを書き残しておきたいと思います。

30代を振り返ってみると、31歳で新卒入社した会社を辞め、大学院に進学したのと同時に転職し、在学中に独立し、修了後、ノリで博士後期課程に進学し、さして研究業績もないまま、運のみで大学教員になり3年経過で今日を迎えています。

やりたいことを優先したことで沢山の方に迷惑もかけてきました。そして、沢山の人に助けてもいただきました。今の自分があるのも、全ては皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。

30歳になった当時、今日の40歳はイメージしていませんでした。(大学教員は「いつか」と漠然と希望をもっていましたが)

そんな30代を過ごし40歳になることを直前に控え、この数ヶ月、お会いする方々にご自身が40歳になったとき、なってからの心境や変化を聞かせていただいていました。自分が40歳になるという事実に漠とした不安をもっていたのかもしれません。

でも、そんな不安は不要という結論に至りました。

お話を聞かせていただいた方はもちろん、自身とおつきあいいただいている皆さまが皆、公私ともに楽しまれ、充実している様子であるわけです。

40代の仕事のことや、生活のことなども沢山聞かせていただきましたが、自身が目指したい目標としたい年の重ね方をしている人が身近に沢山いていただけることに感謝であります。

40歳になったからといって、何かが急激に変わるわけでもないですよね。身体的な老化みたいなことがあることは避けられないとしても、今でも楽しい毎日をもっと楽しくすべく、変わらず自分らしく自分がやりたいことに挑戦しつづける40代を過ごしたいと思う次第です。

ということで、相変わらずで相変わらずでありますが、相変わらずに、これからも何卒よろしくお願いいたします。

2017年7月31日
中谷淳一


今から10年以上前、大学3年目の1年間休学し、半年バイトして半年ニュージーランドに遊学しておりました。

お金に余裕が無いから英語の勉強は公立中学校で開講している移民向けの英語教室に通っていたわけです。

日本人は自分のみ。東欧系の人たちが多かった感じ。

そこの英語教師、名前は忘れてしまったのですが、見た目が「志村けん」にそっくり。

その事を以前受講していた日本人に教えてもらったらしく、授業中に時折、

「あい〜ん」

とか、 

「だっふんだ」

とか、

「ダイジョウブだぁ」

などと、授業中、日本人にしか理解出来ないネタを突然言い出すようなおちゃめなオジサン先生だった。(基本、日本人が好きらしい)

そんな先生の普段の服装はジーパンにTシャツ。

それが、ある日、突然、スーツにネクタイでビシッときめてきた。

クラスの皆は不思議で仕方がない。

「今日は何かあるのか?」

と質問するも、「何でも無い」と答えるのみ。不思議に思いながらも授業が進む。

しばらくすると、隣のクラスの先生が突然乱入し

「Happy Birthday!!!」

と叫び、そして出て行った。

なるほど、誕生日だったのですね。

それを聞いて、クラスみんな納得。口々にHappy Birthdayを言ったわけです。

すると、先生は急に真面目な雰囲気になって、

「自分が生まれた日が1年のうちで1番大切にしている」 

という話をし始めた。

この世の中に生をうけた奇跡の日であり、今日まで生きてこれたことを両親、家族、友人に感謝をし、そしてこれからの人生を1番考える1日になる、だから皆も、誕生日は自分自身と向きあう大切な日にして欲しいっていうお話だった。

なんか、妙に心にしみる話で、それ以来、誕生日ごとに当時のあの日が鮮明に思い出され、そして自分自身、1年の最大節目は誕生日としてきている。


仕事の事や学校の事など色々とこの変化の大きな1年でした。ほんと振り返ると色々ありました。

今日、7月31日、

自分の33年間生きてこれたことに、妻に、両親に、兄弟に、友人に、仕事でかかわらせてもらった沢山の人に感謝をし、34年目も健康で常に前向き、幸せな1年を過ごせるよう想う次第です。
 

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